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今回キットとエンジンの他に購入したのはこれだけです。 ハンドル ワイヤー プロペラ 板レンチ なんとシンプルな構成でしょう |
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これは小学生の頃使っていたのと同じ金型で作ったのでしょうか??? 当時使っていたのも確かにこれでした。持っていたのは白だったような気がします。 この状態ではワイヤーリールとなります。 飛ばすときは半分に割れるようになっていて半円形のハンドルとなります。 その後ワイヤーの長さを自由に変更できる U-U ハンドル?(記憶不確)と言うのも購入しましたがやはり無理がありました。 子供は皆このハンドルでしたが、上級になるとリールは別に用意してコの字型の木製グリップのハンドルへ格上げされる訳です。 |
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クロスレンチもボックスもラチェットも持っているのですがあまりの懐かしさに思わず買ってしまった板レンチです。 当時は板レンチでなく十字レンチを使っておりましたが、エンジンなどを買うとおまけに付けてくれたりする板レンチはエマージェンシーツールとして筆箱の中などに入れておいたものです。 なお、当時愛用した十字レンチとカッターナイフのホルダーはいまでも持っています(^o^)丿 |
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となると、バッテリーは松下のコロイドに Pアジャスター(注1) 充電器はリキチャージ だ! と思ったのですが、さすがに入手出来ませんでした。 そこで0鶴兄製作のプラグブースターの登場です。 |
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(注1) 松下のコロイドにPアジャスター 実車に積まれているような液入りの鉛バッテリー。一室のみで電圧は2V。 安全性の為だと思われるがコロイド状になった硫酸が入っておりコロイドバッテリーという商品名であった。 当時すでに2Vのニクロムプラグが使われる事はほとんど無く、使用するのは1.5V仕様の白金プラグであった為、バッテリーの端子にニクロム線を付けて電圧を下げていた。 このホルダーつきのニクロム線が”プラグアジャスター”、"Pアジャスター”などと言う名前で100円くらいで売られていた。 エンジンが掛からずにだんだんバッテリーがあがってくるとブースターコードを挟む位置をバッテリーに近づけて電圧を保つことができた。 |
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0鶴兄どこからともなくジャンクのストレートバッテリーを持ってきたかと思ったらばらばらにして2本をハンダ付けしてあれよあれよと言う間にプラグ用電源をつくってしまいました。 コネクターを付けてあるのがミソです。いろいろな先っぽを付けられますし、逆にバッテリー切れの場合もワンタッチで交換出来るわけです。 |
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何の前触れも無く突然 「かっかっかっか。明日飛ばしに行くぞっ」 と笑いながら登場した0鶴兄 。 なんと既にエンジンのブレークインを終えていると言います。 これにはK2F島焦りました ^_^; まだぐるぐる特訓ができていません。 |
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おお、これは0鶴兄手製の折畳式テストベンチ! この状態で地面にペグで固定して使用。 最近はテストベンチでのブレークインはあまりやらなくなりましたが、 昔はベンチにくくりつけて延々と慣らし運転をしたのです。 今とは加工精度も違い、そうしないとまともに回らなかったのですね。 |
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今回新規作成したとは思えない良い味を出しているテストベンチ。 ”ゼイゼイ箱2002スーパーライトウイスパー” 命名 K2F島 しかも折りたたみ式!しかも錆びている。 そこらに落ちていたような折りたたみ椅子と木片でつくってある。 新品のエンジンとのコントラストがアーティスティックで堪りません。 「材料は全て庭に落ちていた。椅子は地面に半分埋まっていた。」 0鶴兄 哲学的です。 |
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この項のタイトルにもなっている ”ゼイゼイ箱”について |
0鶴の兄ちゃんの生家は老舗の酒屋さんである。 約30年前のある日遊びに行くと0鶴兄はちょうど、近くの川原にエンジンのブレークインに出かける所であった。 ちょうどいい、お前も行くかい?との誘いに 一も二も無くついて行き、じゃブレークイン台持ってきてね♪ と言われて、おっけ〜♪と軽く答えて持ったその台。 それは0鶴酒店3000年の歴史を染み込ませた、酒も、涙も、リボンシトロンも、たっぷりと染み込んだ超ヘビーウエイトな黒光りする木箱であった。 その箱にかまぼこ板を二枚ビス止めしてエンジンマウントとし、燃料缶利用のブレークイン用大容量タンクをくくりつけ、ENYA35を全開にしてもピクリとも動かないであろうという代物であった。 いたいけな少年であった私はゼイゼイと息をきらし、あえぎながらも箱を引きずり、0鶴兄の後を追ったのである。 その様子から0鶴3000年黒光り木製テストベンチはゼイゼイ箱と命名され、その後も様々なエンジンを世に送り出し、オイルを吸ってはますます目方を増やして行ったという。 それから30年たった今でも私達はテストベンチのことを、ごく自然にゼイゼイ箱と呼んでしまうのである。 |